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DX(デジタルトランスフォーメーション)とは何か

2020.07.31

ここ数年で「デジタルトランスフォーメーション(DX、Digital Transformation・以下DX)」という言葉が一種のバズワードのように用いられるようになってきた。だが、字面の普及とは裏腹に、国内ではその意味を漠然と「アナログだった業務プロセスの一部をデジタル化すること」と捉えている人も少なくないようだ。「AI(人工知能)やIoTを使って業務の効率化を図ること」と言い換えることもできるかもしれない。

しかし、DXとは一企業・一部門のコスト削減や効率化のために個の最適化を図ることのみを指すのではない。本稿ではDX本来の意味を明らかにし、それが日本でどの程度進んでいるのかを考察する。

「DX」の定義

DXという言葉は、2004年にウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が提唱した「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」概念が起源とされる。ややぼんやりしている印象を受けるかもしれないが、少なくとも冒頭で触れたような「効率化」のための「デジタル化」を指すものではないことは分かるはずだ。

もう少し細かい定義では、日本企業の間でこの言葉が普及するきっかけともなった、経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」(※1)が参考になる。2018年12月に発表された同ガイドラインでは、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」であると定義されている。

このガイドライン自体、DXが進まない日本企業の現状を踏まえて発表されたものでもあるため「業務のデジタル化」も文言に含まれているが、要するにDXとは今、技術革新によって大きく変わる最中にある社会に対応していくために既存企業に求められている変革(Transformation)を指す。

リテール業界に大きな変革をもたらした米Amazonの例を出すまでもなく、今世界中のあらゆる産業において、デジタル技術を駆使した新規参入者によるゲームチェンジが起こっているのは周知の事実だろう。こうした社会変容に対応していくため、各企業が急ぎ実行しなくてはならないのがDXなのだ。

顧客のあらゆる行動データが収集可能となり、オンラインとオフラインの境界が無くなりつつある今、企業はDXによってビッグデータやAI・IoT・5Gといった最新技術を利活用して顧客体験の見直しを図り、ビジネスモデルや組織、果ては産業基盤を変革していくことが強く求められている。

国内の「DX」イメージは部分的な「IT化」にとどまる

先に経産省によるDXの定義を引用したが、現状、国内企業にとってのDXとは「何」を指し、どの程度進んでいるのだろうか。

電通デジタルの最新調査(※2)によれば、今や日本企業の70%がデジタルトランスフォーメーションに着手しており、何らかの取組みを進めているという。しかし実際の取組み領域について見てみると、トップ3が「業務プロセスや業務システムの先進化(24%)」「製品サービスや業務に対するテクノロジーの活用(IoT、AI等)(22%)」「IT基盤の構築やソリューションの導入(21%)」となっており、その先にあるはずの「顧客体験向上のためのマーケティング革新・高度化」は11%と低く、「デジタル全社戦略の策定と実行」や「デジタル戦略に即した組織の開発や再編成」も共に15%に留まる。

さらに、BlueMemeが従業員数100名以上の経営者・役員を対象に実施した意識調査(※3)を見ても、DXを「知っている」と回答した人に対し「DXと聞いて、どのようなことを思い浮かべますか(複数回答)」と質問したところ、73.8%が「クラウドの導入」、63.9%が「デジタルツールの導入」、55.7%が「AI」と回答している。

また、DXを経営課題として「強く認識している(34.7%)」「認識している(54.7%)」と回答した人を対象とした「 DXに期待する効果として考えているものを下記より教えてください(複数回答)」という設問では、「業務そのものを見直し、働き方に変革をもたらす」が76.1%、「既存ビジネスに生産性の向上・コスト削減・時間短縮をもたらす」が71.6%がトップ2。3位の「従来なかった製品・サービス、ビジネスモデルを生み出す」は44.7%と半数以下だ。

画像出典:株式会BlueMemeのプレスリリース(2020年7月22日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000043.000016434.html)より

こうした状況を見ると、多くの経営者にとってDXとはまだ「デジタルツール・システムの導入」であり、進めていくことで働き方改革やコスト削減、業務の効率化等の面に期待が持てるものであると捉えられていることが察せられる。それらもDXの一面といえるが、本質を捉えているとは言い難い。

年間12兆円の損失? 政府が警鐘を鳴らす「2025年の崖」

先に挙げたDX推進ガイドラインは、経済産業省が設置した「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」が取りまとめた報告書『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(※4)』内での指摘に基づいてつくられたものだ。

同レポートでは国内企業のDXについて、以下のような現状が挙げられている。

・PoCを繰り返す等ある程度の投資は行われているものの、多くの企業では実際のビジネス変革に繋がっていない
・既存システムに技術面の老朽化、システムの肥大化・複雑化、ブラックボックス化等の問題があり、その結果として経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因となっており、DXの足かせとなっている

経営改革を果たし、既存システムの課題を克服できなかった場合、単にDXが実現できないだけでなく、2025年以降年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるという。この「2025年の崖」を乗り越えるため、企業内でDXを実現していく上でのアプローチや、必要なアクションについて認識の共有を図れるよう策定されたのが「DX推進ガイドライン」なのだ。

「壁」を乗り越えるためのガイドライン

DX推進ガイドラインは下図の通り、「(1)DX推進のための経営のあり方、仕組み」と、「(2)DX を実現する上で基盤となるITシステムの構築」の2つから構成されている。

画像出典:経済産業省のニュースリリース(2018年12月12日発表、https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004.html)より

ガイドラインには各項目についての解説と先行事例・失敗ケースが端的にまとめられている。以下に一例を引用する。

■(1)DX推進のための経営のあり方、仕組み

1.経営戦略・ビジョンの提示
想定されるディスラプション(「非連続的(破壊的)イノベーション」)を念頭に、データとデジタル技術の活用によって、どの事業分野でどのような新たな価値(新ビジネス創出、即時性、コスト削減等)を生み出すことを目指すか、そのために、どのようなビジネスモデルを構築すべきかについての経営戦略やビジョンが提示できているか。
●失敗ケース
・戦略なき技術起点のPoCは疲弊と失敗のもと
・経営者が明確なビジョンがないのに、部下に丸投げして考えさせている(「AIを使って何かやれ」)

■(2)DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築

6.全社的なITシステムの構築のための体制
DXの実行に際し、各事業部門におけるデータやデジタル技術の戦略的な活用を可能とする基盤と、それらを相互に連携できる全社的なITシステムを構築するための体制(組織や役割分担)が整っているか。
 -経営戦略を実現するために必要なデータとその活用、それに適したITシステムの全体設計(アーキテクチャ)を描ける体制・人材を確保できているか(社外との連携を含む)
●先行事例
・経営レベル、事業部門、DX 推進部門、情報システム部門から成る少人数のチームを組成し、トップダウンで変革に取り組む事例あり(情報システム部門がDX推進部門となっているケースもあり)

このように、政府は数年後に近づく「壁」を乗り越えるため、デジタル化の遅れる日本企業の現状を憂慮し、DXの実現やその基盤となるITシステムの構築を行っていく上で経営者が押さえるべき事項を明確にすること、取締役会や株主がDXの取り組みをチェックする上で活用できるものとするための指針を示している。

世界のビジネスリーダーが考えるDX成功の秘訣

ここまで日本企業の意識や政府の持つ危機感について見てきたが、世界ではDXはどのように捉えられているのだろうか。

富士通がDXの世界的な動向・実態把握を目的に、世界9ヵ国(オーストラリア、中国、フランス、ドイツ、日本、シンガポール、スペイン、イギリス、アメリカ)の経営層や意思決定者900名を対象に実施した調査(※5)によると、DXを実践して結果を出した回答者のうち89%が、「デジタルトランスフォーメーションはビジネスの価値向上だけでなく、社会への価値提供にも寄与した」と回答している。具体的にDXが貢献した主な社会価値としては、「人々に対する安心・安全の提供(38%)」「ウェルビーイング(健康と福祉)の向上(33%)」「都市のスマート化と持続可能性への貢献(32%)」、「気候変動への対応(32%)」等に票が集まっている。

また同調査では、DXで結果を出し、その結果に対する満足度が高い企業や組織は、社会への価値提供の取組みにより積極的であることも判明した。世界のビジネスリーダー達は持続可能な企業であり続けるために、もう一段高い視点からDXを捉え、実践し、結果を出してているのだ。

コロナ禍による意識変容の有無が日本企業の明暗を分ける

世界的に見ると遅れていると言わざるを得ない、日本の「DX観」。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大による影響が状況を変えるかもしれない。

INDUSTRIAL-Xが行なった「企業のDX実現に向けた課題とコロナ前後の意向に関する調査」(※6)によれば、コロナ禍前後で企業のDXを推進する上での課題に変化はないが、「ビジネスがコロナ禍前に戻らない」という新たな課題を感じている管理職が14%。またDX推進に際しては、コロナ禍後は「進め方やアプローチ方法が明確になっている」の回答が上昇している。これにより、コロナ禍よりDXのニーズが高まり、具体的なアプローチを試みる企業が増加していると推察できる。回答者の約60%が「コロナ前の状態にビジネスが戻らない」ことを懸念している点からも、一部の企業ではコロナ禍が半強制的に本格的なDXを意識する契機となったと考えられる。

画像出典:株式会社INDUSTRIAL-Xのプレスリリース(2020年6月25日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000051016.html)より

一方で、「DXへの取り組みとねらい」として最も多くの企業が挙げているのがコロナ禍前後共に「コスト削減」であり、「ビジネスモデル変革」は15%にとどまる等、未だ「DX=デジタル化による部分の最適化」と捉える企業は多いようだ。同調査の総括でも、「DXの本質である、『新たな事業創出』や『デジタルのメリットを活かしたオンライン監視・操作』『データによる予測型経営』『自動化による労働力減少への対応、顧客への体験価値の向上』などはあまり意識されていないのではないか」と指摘されている。

コロナ禍をきっかけに、オンラインとオフラインの境がますます曖昧になっている現状を過たず捉え、トップダウンでDXを実行していく企業とそうでない企業の差は明確になっていくと考えられる。オフラインを起点とした付け焼き刃的なデジタル化に邁進するのではなく、今やオフライン・オンライン問わず顧客行動についてのあらゆるデータが収集できることを強く意識し直し、それを活かして新時代の顧客体験を追求するDXができるかどうか。大規模な組織改革を厭わず、社会的な価値も見据えたビジネス創出をしていけるかどうかが、今後の日本企業の明暗を分けることになりそうだ。

【出典】
※1 経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」(2018年12月12日発表)
※2 株式会社電通デジタル「日本における企業のデジタルトランスフォーメーション調査(2019年度)」(2019年12月13日発表)
※3 株式会社BlueMeme「企業のDXおよびCIOに関する実態調査」(2020年7月22日発表)
※4 経済産業省『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』(2018年9月7日発表)
※5 富士通株式会社「グローバル・デジタルトランスフォーメーション調査レポート 2020」(2020年6月29日発表)
※6 株式会社INDUSTRIAL-X「企業のDX実現に向けた課題とコロナ前後の意向に関する調査」(2020年6月25日発表)

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