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“ポケモン”も参入!? 仕事を変える「スリープテック」最前線

2020.10.09

終電・泊まり込みは当たり前。徹夜をして少しでも人より多く仕事をこなす――。そんな「モーレツ社員」が美徳とされる時代は終わった。徹夜でフラフラの状態で仕事にあたるよりも、睡眠をしっかり取った後の方が高いパフォーマンスを発揮できることは、当然企業も社員も分かっている。しかし、長らく日本では「睡眠=怠惰」とする風潮が続いてきた。

近年少しずつ状況が変わり、こうした状況を改善してさらなる生産性アップに取り組む企業や個人が急増している。「睡眠負債」という言葉が広く知られるようになり、人々の睡眠マネジメントへの意識が高まる中で、テクノロジーの力で日々の睡眠を改善・最適化する「スリープテック」が大いに注目を集めている。コロナ禍でさらに重視されるようになった「健康経営」とも関連するトピックであり、企業・個人の別問わず関心は高まる一方のようだ。本稿ではスリープテックと、それを巡る企業の動向を紹介する。

年間15兆円の経済損失。 眠らない国、日本

そもそも、成人で「毎日の睡眠に満足している」という人はどのくらいいるのだろうか。

厚生労働省が発表した「国民健康・栄養調査」(※1)を見ると、20歳以上で「ここ1ヶ月間、睡眠で休養が十分にとれていない」人の割合は21.7%であり、2009年からの推移をみると、有意に増加している。

1日の平均睡眠時間は6時間以上7時間未満の割合が最も高く(男性34.5%、女性34.7%)、次点のボリュームゾーンである6時間未満の割合は男性36.1%、女性39.6%。その人にとって必要な睡眠時間には個人差が大きいため、一概に「何時間眠れていれば良い」と言い切ることはできない(※2)。しかし、少なくとも6時間以下の睡眠で本来のパフォーマンスを発揮できる人間はゼロに等しい、とする研究者もいる(※3)。また、前述の通り今の睡眠時間が「十分でない」と感じている人が多い点を踏まえると、日々仕事や育児に邁進している世代の多くが睡眠不足感に悩まされていることは間違いなさそうだ。

それを裏付けるデータとして、スリープテックベンチャーとして知られるニューロスペースの調査(※4)を見ると、ビジネスパーソンの7割以上が睡眠に不満を抱えており、8割近くが週に1回以上仕事中に眠気を感じている。うち15%は毎日眠気を感じているというのだから、事態は深刻だ。

画像出典:株式会社ニューロスペースのプレスリリース(2019年1月21日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000040.000020114.htmlより)

さらに、日本人の平均的な睡眠時間は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最短(※5)。世界でも有数の「睡眠後進国」であり、これを憂えた厚労省は「健康づくりのための睡眠指針2014」(※6)という資料も公開している。

睡眠時間は長ければ長いほど良いというわけではない。年を取るごとに睡眠は短く、浅くなっていくことを知っている人も多いと思うが、いずれの年代であるにしろ、必要睡眠時間には個人差が大きいものだ。そして、何より覚えておきたいのは「質を極限まで高めれば短時間睡眠で済む」というものでもない、という点だ。

レム睡眠やノンレム睡眠という言葉を聞いたことのある人は多いだろうが、睡眠の始まりから覚醒までの間には段階があり、それぞれ役割が異なる。睡眠時間の約2割にあたるレム睡眠は体を休息させる働きを持ち、この間はストーリー性のある夢を見ることが分かっている。対して、脳を休息させるノンレム睡眠は睡眠時間の8割にあたり、眠りの深さによってステージ1~4まで存在する。質の良い睡眠ができても、これらのサイクルにかかる時間を短縮することは不可能だ(※2)。

だからまずは、自分にとって必要な睡眠時間を「まとまった時間分確保(メジャースリープ)」することが重要となる。現状睡眠時間が極端に短い場合、質にこだわるよりも先に、睡眠に充てられる時間を確保する必要がある。

特に今、「ベッドへ横になった途端すぐに眠れてしまう」という人は睡眠負債が溜まっている可能性が高いので要注意。睡眠が足りていれば、横になって照明を落としてから寝付くまで、通常15分程度かかるものだからだ。

米シンクタンク、ランド研究所(RAND Corporation)の調査によれば睡眠不足による日本の経済損失の額は15兆円にも上るとされている。裏を返せば、日本企業は社員の睡眠課題を解決することにより、飛躍的な企業成長を遂げられる可能性があると考えることができる。

1986年のチェルノブイリ原発事故や、1989年にアラスカ沖で起こった大規模な原油流出事故など、人類史に残る大惨事を起こす原因の一つとなったのも睡眠不足だったという(※3)。このような事故はもちろん、睡眠の問題はうつ病や生活習慣病、アルツハイマー病の原因の一つともなり得る。こうした課題を解決しようというスリープテックには、どのようなものがあるのだろうか。

さまざまなアプローチで盛り上がるスリープテック

大手・スタートアップ問わずさまざまな業界からの参入が見られるスリープテック市場。睡眠課題へのアプローチ方法も、センシングによる「見える化」を筆頭に一通りではない。ここではスリープテックの主なジャンルをいくつかピックアップし、製品やサービスの最新事例を紹介する。

■(腕時計型)アクティブトラッカー、スマートウォッチ

このジャンルでトップを走るのが、2019年秋にGoogleによる買収が発表されて話題を呼んだFitbitだ。身に着けておくだけで歩数や睡眠に関するさまざまなデータを取得できる同社製のアクティブトラッカーは、国内でも複数の企業で導入されている(後述)。

腕時計型のデバイスを身につけて眠ることで、寝ている間の動きや心拍数といったデータから眠りの深さ等を自動で計測。収集したデータはスマートフォンアプリやWebサイトで閲覧することができる。

Fitbitのスマートフォンアプリ。画像出典:Fitbit, Inc.のプレスリリース(2020年3月10日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000018554.htmlより)

上位機種では、セットした時刻の30分前~予定時刻の範囲内で、最も眠りの浅いタイミングで起こしてくれる「スマートアラーム」機能を利用することも可能だ。より詳しいデータをチェックできるサブスクリプション型のサービスも提供されており、端末についても2020年10月2日、従来版から機能を向上させた最新モデル3機種が発売された。

画像出典:Fitbit, Inc.のプレスリリース(2020年8月26日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000018554.htmlより)

また2020年秋より、Appleのスマートウォッチ「Apple Watch」の最新OSにも、「睡眠」機能が搭載された。こちらでは睡眠時間の目標を設定しておくことで、その目標を達成できているか、蓄積されていくデータを見ながら取り組み具合を把握できる。

こうした腕時計型のトラッカーやスマートウォッチの利点は、ユーザーが「常に身に着けていること」により、睡眠以外のデータも収集できる点。その日の活動量やストレスレベルと睡眠の関係性を分析し、日中の過ごし方を改善することもできる。また、FItbitの最新モデルには心電図センサー(日本国内ではまだ利用できない)や皮膚温センサーが内臓されているため、体調不良の早期発見に役立つ。企業単位で導入すれば、従業員の体調と睡眠、そして働き方との関係性を見える化して改善に役立てるなど、さまざまなデータとの組み合わせにより、有用性はさらに高まるはずだ。

■イヤホン・耳掛け型ウェアラブル端末

同居家族のいびきや外を走る車の音等、就寝時の騒音が気になる人の中には、仮眠時にノイズキャンセリング機能を持ったイヤホンやヘッドホンを利用したり、夜の睡眠時に耳栓を利用している人もいるだろう。

そんな中、2018年に音響機器メーカーの米Boseが発売した「Bose noise-masking Sleepbuds(以下、Sleepbuds)」は、同社が得意とするアクティブノイズキャンセリング機能ではなく、ヒーリングサウンドを流すことで睡眠の妨げとなる音をブロックする「ノイズマスキングテクノロジー」を搭載した睡眠用のイヤホン。起床時の目覚ましアラーム機能も搭載されている、いわば「スマート耳栓」というわけだ。寝返りを打っても気にならないよう、耳の中に収まるほど小さく、柔らかな素材が使われた完全ワイヤレス型のイヤホンで、その独自のアプローチで話題を呼んだ。

初代「Sleepbuds」は残念ながら不具合が多く、既に販売中止となっているが、米国では2020年10月6日に改良版の「Sleepbuds II」の発売が予定されている。コロラド大学等と実施した臨床研究の結果、Boseの睡眠テクノロジーは入眠や睡眠の質を改善するのに効果が認められたとの発表(※7)もされており、同社の睡眠市場への意欲が伝わってくる。2020年10月現在、日本での発売はまだ発表されていないが、「音が気になってよく眠れない」という人は一考の価値がありそうだ。

Bose Sleepbuds II。画像出典:ボーズ合同会社の製品ページ(米国版サイト。2020年10月7日閲覧、https://www.bose.com/en_us/products/headphones/noise_masking_sleepbuds/noise-masking-sleepbuds-ii-bose-0.html?adobe_mc_sdid=SDID%3D45BFCF3F135D47A4-224C648AD29D02BC%7CMCORGID%3D5736550D515CABDB0A490D44%40AdobeOrg%7CTS%3D1602059802#v=noise_masking_sleepbuds_ii_whiteより)

ほかにも、骨伝導と音認識によりいびきを防止する「スノアサークル」のようなデバイスも登場しており、手軽に導入できる「耳」からのアプローチは今後も広がっていくと考えられる。

■ゲーム・スマートフォンアプリ

参入障壁の低さもあり、瞑想アプリや目覚ましアプリ等を筆頭に活況な分野。2020年には株式会社ポケモンによる「ポケモンスリープ」のリリースが予定されている。世界的に大ヒットした「Pokémon GO」で「歩く」ことをエンターテイメント化させた同社が、次に目をつけたのが「睡眠」というわけだ。

ポケモンの2019年事業戦略発表会(※8)で発表されたこのアプリは、「朝起きるのが楽しみになるゲーム」というコンセプトのもと開発されている。キャラクターのファンでなくともリリースが気になるところだろう。任天堂のフィットネスゲームソフト「リングフィット アドベンチャー」も発売以来売れに売れているが、「ポケモンスリープ」はスマートフォンアプリという手軽さや、低年齢層を含めた幅広い年代から支持されるキャラクター群を用いた試みという点に注目したい。

加えて同発表会では、任天堂が「ポケモンスリープ」とは別に、現在発売中の「Pokémon GO Plus」という「Pokémon GO」用の端末に、加速度センサーによる睡眠計測機能を追加した「Pokémon GO Plus+」という新端末を開発していることも発表された。また、Nianticとも睡眠を遊びに変えるための新プロジェクトを進行中だという。

次世代を担う若者は、幼い頃からこうしたアプリによる「睡眠教育」を受けることで、いっそう生産性の高いビジネスパーソンへと成長していくのかもしれない。

画像出典:株式会社ポケモン「【公式】ポケモン事業戦略発表会2019」(“ポケモン公式YouTubeチャンネル”内)(2019年5月29日公開、https://youtu.be/4uisJg6qUFIより)

■スマート寝具

美容ブランド「ReFa(リファ)」やEMSを中心としたトレーニングブランド「SIXPAD(シックスパッド)」を手掛けるMTGも、新たに「NEWPEACE」というブランドを立ち上げ、スリープテック市場に参入している。

第一弾製品として、2020年2月3日より一般発売している「NEWPEACE AI Motion Mattress」は、同社が開発したAI・テクノロジーによる動きと温度コントロールで理想の睡眠を提供するというマットレス型の製品。

ユーザーが眠ったことを検知したら自動でマットレス内のヒーターがオフにしたり、起床時は徐々に温度を上昇させたりといった具合に、睡眠に深く関係する体温変化をサポートする「ヒートナビゲーター」機能や、横になるだけで一晩中睡眠の状態を記録し続ける「スマートセンシング」機能を搭載。5年間の無償延長保証やスマートフォンアプリのアップデートを可能にするサブスクリプションサービスも提供している。

画像出典:株式会社MTG「NEWPEACE」ブランドページより(2020年10月7日閲覧、https://www.newpeace.com/より)

ほかに、パラマウントベッドや西川といった老舗寝具メーカーも、自社でスリープテック関連製品を開発したり、他社と組んで睡眠カウンセリングサービスを行ったりといった取り組みを進めている。

マットレス等の大型製品に関して言えば、初めてスリープテックを取り入れようとするユーザーにとってはまだ敷居が高いかもしれない。だが、MTGもアピールしている通り「体に何も身につけなくて良い」、ただ普段通り横になるだけで良いというのは腕時計型トラッカー等に比べて大きなアドバンテージだ。享受できるメリットが導入ハードルの高さを上回るとなれば、一気に広がっていく可能性を秘めている。

企業からも熱視線。高まる「健康経営」熱とスリープテック

先に触れた通り、ビジネスパーソンの睡眠不足は莫大な経済損失の種となる。そのため、スリープテックは睡眠に課題感を持つ個人だけでなく、企業からも関心を寄せられている。

2017年頃からはスリープテックを企業単位で導入する動きも活発化しており、例えば電通や三菱ケミカルホールディングス、損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険等、多くの企業がFitbit製のアクティブトラッカーを社員に配布し、社員の健康管理に関するデータの蓄積・利活用を試みている。

またロート製薬は2019年7月より、ニューロスペースが開発した睡眠習慣デザインプログラム「lee BIZ(リー・ビズ)」を導入した。同プログラムは、専用の睡眠計測デバイスとスマートフォンアプリ等を用いて、3カ月間で良い睡眠習慣を身につけるためのものだ。

同社はこれまでも、従業員の新進の健康づくりや安全管理の側面から、従業員向けのセミナー等を開催してきたが、睡眠の課題は性別や年代、個々の状況によって異なり、思うような効果が得られなかったという。そこで、個々の睡眠状況に応じて最適な睡眠改善アドバイスを提供できるプログラムを導入することで、従業員の「睡眠力」向上を目指している。

ニューロスペースの睡眠習慣デザインプログラム「lee BIZ」。画像出典:ロート製薬株式会社のプレスリリース(2019年6月10日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000044879.htmlより)

ユニークなところでは、オーダーメイドの結婚式事業等を展開するCRAZYが福利厚生制度の一環として導入している「睡眠報酬制度」がある。エアウィーヴが開発したスマートフォンアプリで社員の睡眠量を可視化し、1週間のうち5日以上「6時間以上」の睡眠時間を確保できた社員に対して報酬を支払うという制度だ。

メディアにも多数取り上げられているCRAZYの「睡眠報酬制度」。画像出典:株式会社CRAZYのプレスリリース(2018年10月9日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000030858.htmlより)

年々高まるスリープテックのビジネス需要。筑波大学発のスリープテックベンチャーS’UIMINが2020年9月1日から、提供を始めた睡眠計測サービス「InSomnograf」も、今注目のBtoB向けサービスの一つだ。

ウェアラブルデバイスとAIの活用によって、これまでは検査入院等が必要だった臨床レベルの睡眠計測を自宅で行うことを可能にするシステムを実現している。同サービスは睡眠に関する研究開発を行う企業や研究機関だけでなく、社員の健康管理目的でも導入可能。アクティブトラッカーよりもさらに高精度の睡眠測定が広がることで、睡眠と従業員の健康や生産性の関連性がより詳しく見えてくるのではないか。

画像出典:株式会社S'UIMINのプレスリリース(2020年8月18日発表、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000038776.htmlより)

2020年秋現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大がもたらした働き方の変化は、ビジネスパーソンの「睡眠の質」にも影響を及ぼしたというデータ(※9)も出てきている。特にリモートワークをしているビジネスパーソンについては、未実施者に比べて睡眠の質が低下した人の割合が多いという結果も明らかになっており、経営層は従業員の睡眠状況について、「ビフォーコロナ」の時よりもいっそう注意を払っていく必要がありそうだ。

新型コロナウイルス流行前よりも睡眠の質が低下している人が増加。画像出典:ライオン株式会社のプレスリリース(2020年9月2日発表、https://www.atpress.ne.jp/news/224429より)

地球の人類すべてがユーザーとなり得る「スリープテック」。諸外国に比べ、睡眠を軽視しがちな日本人・日本企業に今後、どのような変化をもたらすのだろうか。コロナ禍により人々のライフスタイルが大きく変化しつつある今こそ、自身や従業員の睡眠マネジメントに投資することが、今後の明暗を分けるのかもしれない。

【出典・参考文献】
※1 厚生労働省「平成30年国民健康・栄養調査報告」(2020年3月発表)
※2 三島和夫『かつてないほど頭が冴える! 睡眠と覚醒 最強の習慣』(青春出版社、2018年)
※3(著)マシュー・ウォーカー、(訳)桜田直美『睡眠こそ最強の解決策である』(SBクリエイティブ、2018年)
※4 株式会社ニューロスペース「2018年度『企業の睡眠負債』実態調査」(2019年1月21日発表)
※5 OECD「2019 Gender Data Portal」(2020年10月7日閲覧)
※6 厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」(2014年3月31日発表)
※7 ボーズ合同会社「UCHealth Sounds and Sleep Study Summary」 (2020年8月発表)
※8 株式会社ポケモン「ポケモン事業戦略発表会2019」(ポケモン公式YouTubeチャンネルより、2019年5月29日公開)
※9 ライオン株式会社「新型コロナウイルス感染症に対応した働き方などの変化が 『睡眠の質』に及ぼす影響についての調査研究」(2020年9月2日発表)

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